職場の環境が合わずに鬱状態で収入ゼロの状態が続き死をも覚悟!そこから這い上がり宮城県の法律事務所で債務整理をした体験談

今回は宮城県にお住いの村越さんです。

村越さんは、現在も自己破産に関する手続き中で裁判が終わっていません。

なぜ自己破産するに至ったのかをお話してくれました。

若かりし頃に、交際費などの為にキャッシングをしていました。

昔は必要なときに借りては返すと、キャッシングとうまく付き合っていたのです。

しかし、転勤をきっかけに引っ越し代や生活費の一部として日常的にキャッシングを繰り返すようになります。

更に、転勤後の職場でいじめに遭ってしまい、うつ状態となってしまいます。

傷病手当は出るものの、通常の給料よりは少なく、その頃からキャッシングの返済が厳しくなっていきました。

数か月後職場復帰をするものの、そこに居場所はなく転職をします。

しかし不運なことに、今度は髄膜炎になってしまい、無給の状態で休養となりました。

とうとう借金を返せなくなり、死をも考えるようになります。

そんなときに、友人から生活保護と自己破産を勧められて、弁護士に相談することとなりました。

そんな緑川さんの体験談についてお話していただきましょう。

よろしくお願い致します。

宮城県気仙沼市の法律事務所で100万円以上の借金を債務整理した体験談

私は男性で33歳の時に債務整理をしました。

私が選んだ方法は自己破産です。

現在宮城県に住んでいますが、高校卒業後10年以上を関東で生活をしていました。

借金をしたきっかけは幾つもありますが、全く問題が無く借金をしていた頃は、主にクレジットカードとそれに付随するキャッシング機能の利用でした。

20代前半は交友関係も多く、仕事後に飲んでは朝まで遊んで帰るなんていうことが日常茶飯事でした。

私がお金の管理にずさんである事は自覚していたので、その夜使う分しか財布に入れないというルールも決めていたんです。

しかし、財布の中に現金が無いと不安になるものです。

その為、使える店ではクレジットカードを使い、初めて行くお店では現金の持ち合わせを増やすためにキャッシング機能を利用していました。

泥酔すると予算オーバーになることもありましたが、それでも返済可能な金額でした。

初めてそういった生活を始めたのが23歳のころで28歳くらいまでは生活に支障が出ることなく、返済をする事が出来ていました。

しかし、そこから人生が大きく変わっていきました。

キャッシングが日常的に繰り返されるように

きっかけは仕事上の転勤でした。

もちろん諸経費に関しては会社負担の部分もありましたが、過去に何度か引っ越し経験があった私は、必ず予想外の出費が発生することを予期していました。

しかし当時の私は、返済額と生活費を抜いたら手元に残る金額はほとんどなく、貯金も全くありませんでした。

その状態で慣れない土地に転勤することが不安になり、初めて消費者金融でキャッシングをしたんです。

最初は5万円を借りて、すぐに返済しました。

しかしあまりに容易に借りることが出来てしまった事に慣れてしまい、その後も何度か借りては返済するという生活が始まりました。

職場のいじめが原因で休養を余儀なくされる

返済できている頃はまだよかったのですが、そこでまた私にハプニングが起きます。

それは職場でのいじめ、パワハラからくる鬱病、適応障害でした。

会社にバレないように投薬していたのですが、休憩時間さえもらえないような生活が数か月続いていたのです。

見るからに衰弱していたでしょうが、周りは全くフォローも態度を改めることもしませんでした。

偶然会社の重役が訪れた際に顔が青い私を見かけ、不審に思い会社判断で休養することになりました。

その間は傷病手当が出たのですが給料よりは大分少なく、首が回らなくなる前兆でした。

そして療養中に借金を返すために、更に借金を繰り返すことになったのです。

三か月お休みを頂きましたが、既に職場には私の居場所が無く、自主退職を迫られました。

不運なことに二度目の休職

行き場を無くした私でしたが、その時交際している方がいたので、一旦その方の家にお世話になる事にしたのです。

幸いなことに再就職はすぐに決まり、また生活費も折半出来たので、一度壊れかけた歯車が元に戻り始めました。

しかし、再就職して数か月後、原因不明の高熱が続き、会社を休みがちになってしまいました。

何とか出社しても帰らされてしまう事があり、周りの反応もどんどん悪化していきました。

病名は髄膜炎でした。

2か月ほど入院しました。

傷病手当の申請をしようとしましたが、在籍期間が短く申請が通りませんでした。

二か月無給になり、一気に生活が乱れてしまいました。

その後、何とか職場復帰はしたのですが、会社の上司からは職場環境を悪くしていると退職を勧められました。

仕事を失って生活するのもやっとになる

仕方ないと思いながら、その後の生活も不安だったので、退職前に更にもう一社消費者金融のカードを作ってから退職しました。

その後の生活は悲惨でした。

30歳という年齢もありましたし、目立った学歴や資格も無いので再就職が中々できず、日雇いのアルバイトと借金で暮らしていました。

とうとうそんな生活に底が尽きてしまい、同棲を解消し、私は致し方なく住み込みの水商売を始めたんです。

住み込みでしたが古くて安いアパートが用意されており、一人暮らしでした。

しかし業務はハードで足元を見られていたためか、サービス残業やイチャモンをつけられて時給カットが当たり前の日常でした。

月の収入は10万円弱。

生活するのにも限界の状態で、とても返済など出来る状態ではありませんでした。

拘束時間が異様に長く、ダブルワークも出来ませんでした。

ライフラインが途絶えるほどのどん底に

どんどん体と心が壊れていき、過去のトラウマから鬱が再発しましたが、それでも体に鞭を打って働きました。

しかしそんなときはいい仕事が出来るわけがなく、収入は右肩下がりに減っていき、とうとうライフラインも止まってしまいました。

死を考え始めた時でした。

友人に勧められたのが生活保護と自己破産です。

当時は返済の電話が早朝から深夜まで鳴りやまず、気が狂いそうになっていました。

まずは相談だけと思い、役所に足を運びましたが、来るのが遅すぎると叱られるくらい保護申請はあっさり通りました。

そして役所の計らいで、引っ越しと再就職へ向けての本格的な活動をする事が出来ました。

法テラスを通じて弁護士に相談することに

債務整理に関しては、既に自己破産で決意が決まっていましたので、法テラスを通し弁護士を紹介され、手続きに入りました。

用意する書類が多く、まだ裁判は終わっていませんが、取り立ての電話は無くなりました。

それだけでも心に余裕が出来ました。

今思えば、なぜあの時借りない選択が出来なかったのか?と後悔することばかりです。

そして今の生活が出来て、温かいシャワーを浴びることが出来て、最低限の生活が出来ることがいかに幸せか身に染みて感じています。

贅沢したくなる時もあります。

外食や買い物だってしたいですが、底辺の生活をしてお金が無い生活の仕方を学びました。

これからは最低限の生活をしながら、お金を貯める生活をしていきます。

二度とクレジットカードや消費者金融は利用しません。

債務整理なら武村法律事務所

武村法律事務所では、全国から債務整理案件を受託しており、累計1000件以上の実績がございます。

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